駅から家へ帰る途中、信号待ちでぼーっと突っ立ってたら、「あー…」って力無い声が聞こえたんだ。なんかいやーな予感がしたんで、顔の向きは変えずに視界の左隅で確認したよ。自転車に乗ってる人。なんだ気のせいか。なーんかほら、ちょっとめんどくさいタイプの人だったら、いやだからさ。

信号が青になったので、気が緩んで今度は左をちゃんと見てみた。いない。あれ? …いた。自転車に乗ったままの格好で、地面に横になってた。おや、なにをしてるのかしら? 全然動いてない。あーどうしよ、このまま立ち去りたいのだけど、病気の発作で危険な状態だったりしたら大変だから、一応声をかけてみたよ。

「どうしたんですか? だいじょぶですか?」

「あーだいじょぶです。酔ってんです」

「なんだ、そうなんですか」

あーよかったよ。酔ってんだって。この人は気違いじゃないんだよ。この気違いではない見たところ二十歳くらいの男の子がね、自転車に乗って倒れたままの格好で、起き上がろうともしないで、顔だけこっち向けて、続けて俺にこう言ったのね。

「一般のかたですか?」

なにその質問。えーと、俺は芸能活動はしていない。メダリストでもない。ましてや極秘任務の為に日本に送り込まれた訳でもないから、つまり俺は一般人だってことになる。そのくらいのことは、こうしてキーを打っている今なら簡単にわかること。でもそのときは予期せぬ質問に結構うろたえていたからね。

「あ、まあ、割と」

なに言ってんだ俺。まあ、なんだろな、ちょっと見栄とか、張っちゃったのかなあ。いつまでも俺が一般人でいると思うな的な。恥ずかしい話だけどね。でも街中で立ってる俺なんて、自転車ごと寝たままでいる君に比べたら、よっぽど一般的に違いないよ。そんな俺に、寝たままで彼は更にこう言ったよ。

「この辺は、一般のかたですか?」

なにそれ。やめてよアドリブ弱いんだから。一般人だもの。ああもうだめ。「じゃあ気をつけて」と言い捨てて、足早にその場を立ち去った。この人をどうにかすると、面白いことが起きるのかもしれないけど、厄介ごとには関わりたくない。冒険より家に帰りたい。観たいドラマもあるんだよ。