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飲み屋の隣のテーブルにいる人達の会話って、べつに聞く気はなくても、なんとなく聞こえてきちゃうもんじゃないすか。
僕らのいた席の隣のテーブルには、男性が1人でいたんだけどね。遅れて女性がやって来た。
「遅くなってごめんねー」
「いや、いいよ。なに食べる?」
「うーん、晩御飯食べてきちゃったから、お腹いっぱいなんだよね」
なんかもうこの時点で、この後も厳しい展開になるのは目に見えてる感じだったんで、それからしばらくのち、このような事態が起きたのには、やはりと言わざるを得ないだろう。
「じゃあ次の店行く?」
「ううん、帰る」
さあそれからは大変だ。男はいいじゃんいいじゃん行こうよ次行こうよ行こうよ。女はよくない帰る帰るから帰るってばほんと帰る。いやーこれは、僕のようなズブの素人がジャッジをさせられたとしても、自信を持ってアウトだな。それから男はがんがん酒を飲みだした。
「ちょっともうやめたほうがいいよー」
「平気だって! つーかグラス空いてんじゃん。なんか頼みなよ!」
「いや、もういい」
「いいじゃんいいじゃん。じゃああと1杯だけ飲みなよ!」
「じゃあ私ウーロン茶」
ここで僕がセコンドならタオルを投げたはずだけど、あいにく僕はサラリーマンなので、反対のほうを向いてそっと目を閉じた。でも彼はそんなことじゃくじけなかったね。なぜか立ち上がる。その拍子にグラスががたーん。酒がびしゃー。
「うひゃひゃひゃ、やっちゃったよー」
「あーもう、しっかりしなよー」
「あーなんだこりゃ。俺みんなの注目集めちゃったよ!」
そんなこと言ってたけど、でも、誰も見てなかったんじゃないかな。だって縁起が悪いじゃない。見たらツキが落ちるような気がしたんだよね。