おすすめの店

飲食店が好きだ。お気に入りの店に行くのもいいけれど、初めてのやばそうな店にドキドキしながら突っ込んで行くのも楽しい。そんなことをしてるとハズレを引くことも多くて、まずかったり、きたなすぎたり、大将に延々とアメリカの陰謀論を語られることもある。でもまあそれはそれで面白いし、たまに大当たりの店を見つけたときは相当嬉しい。

住んでる街を徘徊し、入ったことのない店を見つけたら飛び込んで、その感想をいつも担当美容師に聞かすから、美容師からイナゴって呼ばれてる。「さすがイナゴさん」って言われてる。たぶん絶対馬鹿にされてる。でもいいんだ楽しいから。ブイーーン。

こないだ同じ会社の人に呼び止められて、おすすめの店を教えてと言われたときはつい興奮してしまった。普段会社では息を殺してただ時間が経つのを待っているだけの俺なのだが、そんな質問をされたら嬉しくて饒舌になってしまう。自分でもいつもより少し声が大きくなっているのがわかる。ベラベラと一方的にまくしたて、もしかしてちょっと引かれてるんじゃないかと心配になりつつも、それでも次々に浮かぶ店をおすすめする勢いは止まらなかった。

その人と別れたすぐあとにも、他に思いついた店があったのでメールで伝えた。でもまた少し歩いて別の店を思い出したときは、さすがに気持ち悪いからよしたほうがいいと思ってメールしなかったんだよ。いちおう大人だからそのくらいの理性はあるんだ。ぎりぎりセーフを狙えるんだ。

次の日その人に会ったのでどうしたか聞いたら、俺のすすめてない全く別の店を予約したって。しかもその予約した店ってのが、名前に『月』が入るようなありきたりのチェーンだよ。そんなんでいいなら俺でなくグーグルに聞いてくれ。いやーまいった、なるほどですね、わかったよ。俺はやっぱりこれからも会社じゃ静かに潜むし、仕事が終わってから自由に羽ばたくし!

無地の良さ

この歳になってやっと無地の服が着れるようになった。いままでは、柄とか、ロゴとか、イラストとか、ワンポイントなんかが欲しかった。もらえるものは何でももらいたかった。ないよりはあるほうが得だと思ってた。前に前に出て行こうとしていた。常に押してばかりだった。

シンプルな服を着るのが恥ずかしかった。飾り気のない服を着たら、素材で勝負って感じがするでしょう。そんなの怖い。素手で戦えない。何かないと不安でメッセージロゴを求めてしまう。そして着ている服のロゴを心無い人に声を出して読まれ、意味まで聞かれて、傷ついて帰る。そんな日々を繰り返していた。

いまも別に、自分に自信ができたってわけでは全くないんだけど、なんか、余計なものはなくていいと思うようになった。むしろどんどん削ぎ落としていきたい。がんばってるのがバレないようにしたい。服で一笑い取らなくていい。自然な感じを演出したい。ボーダーもストライプもチェックもいらない。あんなものは飾りです。だいたい服の柄なんて生きていくのに必要ない。

ついにここまでたどり着いた。よし田舎暮らししよう。

約束

さて新年だが。まあ、なんていうか、このサイトに関してはここ数年のゆるやかな失速ぶりをどうしたもんかと。明らかに全盛期を過ぎた雰囲気は隠せない。だからなんだってんだ。人生はこれからも続くんだ。

言いたかったことは全部言ったような気もするし、そうそう新しいことも起こらない。あの頃のような、がむしゃらなやる気も消え失せて、他にやらなきゃいけないこともある。それでも続けることしか僕にはできないんだけど、なんだか近頃は、あんまりうまくかみ合ってない気がすんだよね、その、世界と。

で、世界には君も含まれているわけだからね。そんなすっとぼけた顔してもダメだよ。つまり、責任の一端は君にもある。変わったのは僕ではなく、君のほうだ。君にもいろんなことがあったんだろうとは思う。でも、だからといって、僕を見捨てる理由にはならないし、逃げたら負けじゃないかな。もし君が僕をつまらないと思ったのなら、それは僕がつまらないのではなく、そう思った君がつまらないのだよ。

ここまではいいよね。よくわかったよね。それじゃあ僕は今年すごくがんばるから、君もがんばってウケてよね。約束だよ!

伝説を作ってない

気がついたらおっさんだった。もう、びっくりする。一体どうなってんだ。わけがわからないよ。

いや、だから、俺としては、さっき生まれたくらいの気持ちなんだけどな。ところが月日の経つ速度の容赦のなさったらないね。そのせいで俺はなんにもしてないのに歳だけ取るはめになった。

これには本当にまいったね。なにしろやり残したことが多すぎるんだ。若いうちにしかできないような無茶とかぜんぜんやってない。「怖いものなんかなかった」なんてことはなかった。それってなんか損してるんじゃないか。

俺がぼやぼやしてる間に、いろんなバンドがデビューして、売れて、売れなくなって、解散して、再結成してる。このままじゃいけないと思う。とりあえず、いったん田舎に帰ってからギター背負って上京し直したらどうか。

いろんなとこで言わされる

そう言うしかないでしょって場面があるじゃないですか。え、ないですか。そうですか。いや、あるとして。その方向でよろしくお願いします。

よくあるのが、たとえば仮にアアアって服のブランドがあったとするでしょ。でそのアアアの商品しか置いてないアアアの店に入って服を見てたら、そこの店員が寄ってきて「アアア好きなんですか?」って訊かれちゃって。いや俺はべつに、アアアをそんなに好きってわけでもない。だけどそんなときは「好きです」としか言いようがない。

しかしなんつう質問だ。そんなのはだって、なんとも思ってない女性に「私のこと好き?」って訊かれるようなもんだ。どれだけ自分に自信あるんだ。そのくらいイカレタ質問なんだと、服屋の店員は猛省してほしい。

次のケース。カバン屋で小柄な女の店員が、俺が手に取って見てたカバンを「それはこういう感じで」と取り上げて自分の肩に掛け、ポーズをとってニコッてされたときは「可愛いですね」と言わされた。確かに可愛かったけど。けど!

あとは寿司屋ね。カウンターはやばい。大将そんな見ないで。ちょっとしばらくほっておいて。僕はひとりで、もぐもぐむしゃむしゃしたいから。でもごくんと飲み込んだあと、やっぱりまだ大将は見てたし、笑顔だし、「美味しい!」って言うよね。普段は出ないテンションで。

居酒屋では、俺の他に客がいなくて、カウンターに座って焼き魚を頼んだら、そこのママが「やってみる?」って若い女の子に作らせて。出された焼き魚を食べてたら、作った女の子が俺に「大丈夫ですか?」って。えー、飲食店でそんな質問が出る? 大丈夫じゃないってこともあるの!? しょうがないから「美味しいですよ」と教えてあげました。